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半田簡易裁判所 昭和32年(ろ)187号 判決

被告人 安川源太郎こと趙元錫

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は自動三輪車の運転者であるが、昭和三十二年八月十二日午後四時四十五分頃自動三輪車愛六せ五九三二号を時速三十五粁位にて運転し、半田市字西馬場二番地先県道(幅員九・五米)を南進中進行方向前路左側に大型トラツクが一台駐車しその前方から大型バスが北進して来るのを認めその駐車トラツクの右側において右バスと擦れ違おうとしたものであるが、このような場合自動車の運転業務に従事する者はすべからく三車擦れ違うには余りに道路が狭いので安全に擦れ違い得るや否やを検してスピードを極力低下させて、駐車するトラツクの位置及び場所の状況に応じて擦れ違うバスに自己の運転する車体を触れさせることのないような速度と方法で運行すべき業務上必要な注意義務があるのに、これを全く怠つて擦れ違うバスとの間隔も考慮しないでそのまゝ慢然と運行した過失によつて右バスに自己の運転する車体を接触させて右バスをその附近の道路下に転落させ因つて右バスの乗客である鍵谷悦郎外六名に対し別表記載の通り治療三日乃至二十一日を要する傷害を負はせたものである

というにある。

司法警察員作成の実況見分調書

司法警察員作成の被告人の供述調書

検察官作成の被告人の供述調書

当審における証人谷口透の尋問調書

医師川上隆資作成の鍵谷悦郎、加藤陽子、伊藤和子、栗田道代、塚本よし子、牧野一恵、服部光男の各診断書の各記載によれば、被告人は昭和三十二年八月十二日午後四時四十五分頃自動三輪車愛せ五九三二号を運転し半田市字西馬場二番地先県道を南進中前方左側に駐車していた大型トラツクの右側において谷口透が運転して北進する大型観光バスと接触し右バスがその附近の道路下用水路上に転落しこれに乗つていた鍵谷悦郎外六人が別表記載の通りの傷害を受けたことが認められる。

よつて右の事故が被告人の過失に基くものであるかどうかについて案ずるに、

被告人の当公廷における供述

司法警察員作成の実況見分調書の記載

当審における検証の結果

当審における証人谷口透、同間瀬亮、同近藤多喜男、同加藤陽子、同田村秀善の各尋問調書の各記載

司法警察員作成の被告人の供述調書の記載

検察官作成の被告人の供述調書の記載

鑑定人加藤美喜夫の鑑定の結果

当公廷における鑑定人加藤美喜夫の供述

を綜合すると、本件事故現場である半田市字西馬場二番地先は名古屋市より半田市々街地を縦貫して知多郡師崎町に至る県道上で半田市々街地の南端に位し、有効幅員九・五米あり、路面はアスフアルトで鋪装され平坦で現場を中心として南方に向つてゆるやかな下り勾配となり約百五十米の地点まで直線、北方は約百米の間上り勾配で直線をなしその間視界を妨げるものなく見透し良好であること、現場道路東側に側溝より〇・四〇米の地点に後部左側車輪をおいて南向に普通貨物自動車(車幅二・二〇米)が一台駐車していたが、被告人は愛六せ五九三二号自動三輪車(車幅一・八〇米)を運転し時速三十五粁位で右県道を南進していたが、右停止中のトラツク後端より北方約六七・九米の地点でそれより南方約二一〇米の地点を谷口透が運転北進する一台の観光バスを認め、その距離速度等の関係から右停止中のトラツクの側面を通過した後その前方でバスと擦れ違うことができるものと確認して進行を続け、停止中のトラツクを追い越そうとした時、バスは十五米以上前方にいたので時速二十粁位に速度を減じてトラツクの三分の二位を通過したところ危険を感じ左へハンドルを切つて停車した瞬間にバスと接触し、バスはそれより北方へ二二・四〇米進行して停止した上車体が左方へ傾き道路面より三米下方の用水路上に転落し因て鍵谷悦郎外六名が傷害を負うに至つたことが認められる。

被告人の如く自動車の運転に従事するものは常に前方を注視し踏切交叉点追越擦れ違い等の場合殊に本件の場合の如く前方進路上に障害物があつて対面して進行して来る自動車と擦れ違う場合には対面して来る自動車の速度、自己の操縦している自動車からの距離、道路の幅員、路面の状態、障害物までの間隔等に応じて最も安全な方法措置を講じ他の車馬、通行人、障害物等に接触して損傷を与えることのないように努めなければならないことはいうまでもないところである。

そこで本件の場合を見るに被告人は時速三十五粁位で南進中その前方約二百十米の地点に対面して来るバスがあることに気付き前方道路上にある障害物である駐車中のトラツクとの間隔からみてトラツクを超えてからその前方でバスと擦れ違うものと判断して進行を続け、トラツクの後部に至つても尚バスとの間隔があつてトラツクの前方十五米以上の所にバスが居り且つ道路の幅員と三車が同一場所で擦れ違つても対面して来るバスの進路には十分の余裕があると認めて時速二十粁位に減速しトラツクと一尺(約〇・三米位)の間隔をとつてその右側を通つた措置は一応安全妥当ということができる。

証人谷口透が供述するところによれば時速三十五粁位でバスを運転して県道を北進中その前方約百五十二米の地点を対面して来る自動三輪車があること及び道路東側に一台のトラツクが駐車して居ることに気付いて居る。而してその時における同証人とトラツクとの距離は約百米、トラツクと自動三輪車との距離は約五十一・三米であるにも拘らずこのまゝ両車が進行すればバスの方が先きにトラツクの横を通過してトラツクの後方で自動三輪車と擦れ違いになると明かに誤つた判断をして進行を続けて居る。又同証人は自動三輪車はその進路上に障害物があるから当然自動三輪車はトラツクの後部で停車して擦れ違うものと判断してそのまゝ運転を続けて居ることが認められる。道路交通取締法は左側通行の原則を示して居るが左側に障害物がないからといつて右側注視をしなくてもよいとはいえない。道路交通取締法施行令第二十四条では前方にある車馬を追越そうとする場合はやむを得ない場合の外後車は前車の右側を通行しなければならない。この場合後車は合図をしてしかも交通の安全を確認した上で追越さなければならないと命じて居り、対面して来る車馬その他について右側の注意を義務づけて居り、あくまで安全であることを確認した上で進行することが第一条件である。バスの運転者谷口が只単に自動三輪車の進路上に障害物があるという一事を以て彼我の距離に関係なく当然に自動三輪車はトラツクの後方で停車してバスに進路を譲らなければならないと判断して運転を続けたことは早計であり安全妥当な措置ということはできない。対面して進行して来る自動三輪車を発見した時そのまゝ進行すればどの辺で両車が擦れ違うかを正確に判断してその措置をとるべきであつて自動三輪車が停車してバスの進路をあけてくれるかどうかを考慮する必要なく最も安全に擦れ違うことができる措置を講ずべきであつて同証人のとつた措置は適切であつたとはいゝ得ない。次に距離的関係から被告人がとつた措置の当否について検討するに検証及び鑑定の結果によれば被告人及び証人谷口透の運転速度は夫々時速約三十五粁であるから一秒間に夫々約九・七米進行したことになるが、被告人の供述に基くと被告人が当初バスに気付いた所とその時のバスの位置との距離は約二一〇米であるから被告人がそのまゝの速度で進行してトラツクの後部に至るまでに(その間の距離六七・九米)七秒を要したことになるが、この時バスは自動三輪車の前方七四・二米、トラツクの前部より六七・三米前方にバスの前部があり両車がその儘進行するとトラツクの後端より南方三七・一米、トラツクの前端より南方三〇・二米の地点で擦れ違いを開始することとなる。これを証人谷口透の供述に基くと同証人が当初自動三輪車に気付いた所とその時の自動三輪車の位置との距離は約一五二米であるから両車がそのまゝの速度で進行すると、自動三輪車がトラツクの後部に達した時にバスは自動三輪車の南方五七・八米、トラツクの前部より南方五〇・九米の所に居り両車がそのまゝ進行するとトラツクの後端より南方二八・九米、トラツクの前端より南方二二・〇米の地点で擦れ違いを開始することとなる。すると被告人の供述通りとしても又証人の供述通りとしても相互に対面交通の自動車を発見しそのまゝ進行を続ければ何れもトラツクの南方で擦れ違うことゝなるが、結果は自動三輪車がトラツクを三分の二程過ぎた所でバスと接触して居るから被告人はバスと擦れ違うために早くから減速して居りバスの速度は時速三十五粁よりも尚高速度であつたといはなければならない。

次に自動三輪車とバスとが障害物の側面で擦れ違いを行つた場合の道路状況について検討するに、現場の道路の有効幅員は九・五米あつて其処に幅二・二米の障害物があつた所へ被告人がトラツク後部の右端と〇・六五米の間隔をおいて自動三輪車を運転進行すると、対面して来るバスの進路として三・八米あるから幅二・四五米のバスと擦れ違う際の進路としては危険な幅員ではない。殊に被告人は時速二〇粁位に減速して居るから被告人のとつた措置は適切である。証人谷口透が運転したバスは右側ハンドルではあるがキヤブオーバタイプのもので運転席が車輛の最前端にあつて前方並に左右路面への見透しが良好であり且つ三・八米の進路があるから自動三輪車との擦れ違いに当り左右間隔の判断を誤ることなく且つ速度を減じて進行したならば自動三輪車と接触することなく無事通過できたものであつて本件の接触は一に谷口のとつた措置が適切でなかつたことに原因するものということができる。

次に自動三輪車とバスとの接触とバスの転落との間に原因結果の関係があるかどうかについて検討するに、鑑定人加藤美喜夫の鑑定の結果によれば、四輪自動車はその重量を四点において支持して居るから二輪車、三輪車と比較すれば安定度は遙かに高く自動車の車体の一部が異物と接触したのみでは直接には操行部に何等影響を与えることはなくバスと三輪車が接触してもバスのハンドルが接触のため右或は左にふれてそのためバスが転落することはその構造上あり得ないことであつて、本件のバスと自動三輪車との接触はバスの転落事故の直接の原因ではなく又運転者は自己が運転する車が他の物体と接触する瞬間、接触を避けるためハンドルを操作するのが通常であつて本件の場合にも被告人は危険を感じハンドルを左へ切つて停車した瞬間バスのボデーの角に接触したこと、又証人谷口透もオート三輪が出て来たので危険を感じハンドルを左に切つたが、バスの右角と接触したので強くブレーキを踏みスリツプして停止したことが認められる。この場合谷口としては当然道路中央に向つて進むべく左へ切つたハンドルは更に右へ切り返えさなくてはならない。現場の道路幅員とバスの前方に障害物がなかつた点転落個所までの距離が二十米以上あつた状況から見てその間に一旦ブレーキをゆるめて道路中央寄りに車を進めて停止の措置をとることは可能の状態でありこうした措置をとつたならば転落は避け得られたことが認められる。

然らば本件の自動三輪車とバスとの接触、バスの転落並に鍵谷悦郎外六人が傷害を受けたことは被告人の過失に基くものとは認め難くその他本件の結果の発生が被告人の過失によるものであると認めるに足る証拠がないから刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

(別表略)

(裁判官 西川銕吉)

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